概要ABOUT

名称
松山株式会社
自社ブランド
NIPLO(ニプロ)
本社
長野県上田市塩川5155
代表者
取締役社長 松山 信久
創業
明治35年6月1日
会社設立
昭和25年6月28日
資本金
1億円
従業員
310名(2016年3月現在)
業種
農業用作業機、食品包装機械等、製造販売
主要製品
  • トラクタ用作業機(ロータリー、ウィングハロー、ドライブハロー、あぜぬり機 等)
  • 自走式野菜収穫機「ポテカルゴ」
  • 野菜包装機「オートパック」
関連会社
  • 北海道ニプロ/ (北海道向け製品の開発製造)
  • 協同サービス/ (保険・運輸・他)
  • 松山技研/ (熱処理・カチオン電着塗装)

沿革OUTLINE

明治33年(1900)
松山原造双用犁を完成。
明治34年(1901)
単ざん双用犁が特許登録され、本邦における双用犁の元祖となる。
明治35年(1902)
長野県小県郡和村(現東御市)に「専売特許単ざん双用犂製作所」を創立し、犁の製造販売を開始、後年「単ざん双用犁」は松山犂と呼称されたので「松山犂製作所」と改称した。
大正 5年(1916)
単ざん双用犁は農機具業界における重要な発明品として、特許権存続期間5カ年延長が許可された。
大正11年(1922)
現在地上田市塩川に工場を移転、業務を拡張した。
昭和 6年(1931)
中国東北部、朝鮮半島地域へ松山犁大量に進出開始した。
昭和19年(1944)
農商務省農機具第1種指定工場となる。
昭和21年(1946)
商工省指定工場となる。
昭和25年(1950)
農村有志を中心に「株式会社松山犂製作所」に組織変更、資本金250万円(株主数244名)
昭和29年(1954)
歩行用トラクタ犁、本邦初の製造に成功し販売を開始。
昭和30年(1955)
東南アジア、中近東へ歩行用トラクタ犁の輸出を開始した。
昭和34年(1959)
中小企業合理化モデル工場に指定された。
昭和37年(1962)
「NIPLO」を商標として登録使用開始。
昭和38年(1963)
耕耘・砕土同時作業機プラウローターを開発した。
創始者松山原造死去、生前の功績により正六位勲四等瑞宝章受章。
昭和40年(1965)
乗用トラクタ用ロータリーを開発した。
昭和43年(1968)
「松山株式会社」に社名変更。通商産業省より輸出貢献企業に認定された。
昭和45年(1970)
乗用トラクタ用ドライブハローを開発した。
昭和49年(1974)
松山篤社長は代表取締役会長に、松山徹専務は代表取締役社長に就任した。
昭和51年(1976)
東京中小企業投資育成(株)より投資をうけ、これらの増資で資本金1億円。
取締役会長松山篤は、発明等の功績により、勲三等瑞宝章受章。
昭和52年(1977)
取締役会長松山篤叙勲・創業75周年記念事業挙行。
昭和54年(1979)
コンピューターオンライン業務を開始した。
昭和55年(1980)
転作関連各種機械を開発し販売を開始した。
昭和57年(1982)
松山篤会長喜寿・創業80周年記念事業挙行。
昭和63年(1988)
新事業場建設の資金調達の一部として私募債を発行した。
松山篤会長丸子町初の名誉町民となる。
平成元年(1989)
新事業場(中尾工場)第一期分完成操業を開始。
平成 3年(1991)
野菜包装機(オートパック)を開発した。
平成 4年(1991)
海岸清掃機(ビーチクリーナー)を開発した。創業90周年となる。
新事業場2期工事竣工、本社工場移転。
平成 5年(1993)
松山篤会長死去。生前の功績により正五位に叙せられる。
ミニハーベスター(ポテカルゴ)を開発した。
平成 6年(1994)
開発体制の強化を図るための施設として試作工場棟建設。
平成 7年(1995)
あぜぬり機を開発した。中小企業研究センター賞全国表彰受賞。
松山徹社長藍綬褒章受賞。
平成 8年(1996)
北見駐在所を廃止し、帯広出張所を芽室町に開設。
平成11年(1999)
関東営業所みずほ企業団地に新築移転。
平成13年(2001)
九州営業所宇土市に移転。
平成14年(2002)
松山徹社長は代表取締役会長に、松山信久専務は代表取締役社長に就任した。
創業100周年記念行事挙行。
平成17年(2005)
エコアクション21認証取得。
松山徹会長死去。永年の産業界・労働界への功労により正六位旭日双光章に叙せられる。
平成18年(2006)
おおむらさき観葉会・ニプロ林間学校を始める。
平成19年(2007)
長野県「社員の子育て応援宣言!」企業登録。
平成20年(2008)
物流センター、長野営業所を新築。
平成25年(2013)
本社工場に太陽光発電設備(100kW)を設置。
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