
人を知る2026/10/23
40年目の今も、仕事が面白い。そう思える環境が、この会社にはあります。
T.T 品質管理職/1987年入社

長く働ける理由を、いちばんよく知る人。
入社40年目を迎えたT.Tさんは、当社でいちばん長く働いている世代のひとりです。開発部で農業用作業機の設計に長く携わり、60歳で定年を迎えたあとも、再雇用の「キャリア社員」として製造部品質課で働いています。神奈川県で生まれ育ち、就職を機に本社のある長野県上田市へ移住。なぜ40年も働き続けてこられたのか。なぜ今も、仕事が面白いと言えるのか。T.Tさんに聞きました。


「この製品はお前に任せる」。
そこから仕事が楽しくなりました。
出身は神奈川県です。学生時代から山登りにのめり込んでいて、住むなら高い山がある長野か静岡がいいと考えていました。実家は農家ではありませんが、自然が好きで、それ以上に機械が好きだったんです。設計の仕事ができる会社を探して、当社に出会いました。入社してからは、長く開発部で農業用作業機の設計をしてきました。当社の開発は自由度が高く、先輩が仕事を任せてくれます。入社して4、5年たつと、「この製品はお前に任せる」と言われるんです。当時、私のいたチームの設計者は3人ほど。その人数で、全国で使われる製品をいくつも担当していました。現状の製品のどこに不満があるのかを農家の方々に聞くところから、設計、試作、試験まで、すべての工程に関われます。試作機ができれば自社のトラックに積み、自分で運転して北海道でも九州でも運びました。土の質は場所によってまったく違うので、全国の農家の方々の田畑で実際に使っていただくんです。そうやって製品をまるごと任せてもらえるのは、すごく楽しいことでした。

休みが取りやすく、山も近い。
ここで暮らしてよかった。
39年続けてこられたのは、まず開発の仕事が好きだったからです。好きなことを任せてもらえたので、ストレスをあまり感じませんでした。もちろん失敗もありますし、お客様から厳しい声をいただいたこともあります。それでも、これは違うと思えば上司に意見や提案を伝えてきましたし、上司もきちんと話を聞いてくれました。部署の間の壁も、あまり感じたことがありません。もうひとつ、当社は有給休暇がとても取りやすいんです。結婚して子どもができると、急な用事がどうしても出てきます。そういうときに融通が利くのは、ありがたいことでした。こちらに来たときは、ずいぶん田舎だなと思ったんです。けれど、結婚して子どもを育ててみると、この土地のよさが分かるようになりました。自然がすぐそばにあって、娘を山登りに連れていくこともできました。私自身も、山登りはずっと続けています。日本にある3,000メートル以上の山は、すべて登りました。最後に残していた富士山は、会社の後輩と一緒に達成しました。空気がきれいで、四季がはっきりしていて、渋滞もありません。夏なら、定時に仕事を終えてからビーナスラインまでひと走りできます。都会にしかないものは、遊びに行けばいい。暮らす場所としては、ここがいちばんだと思っています。

慣れない仕事だからこそ、
毎日が新鮮です。
56歳で役職定年を迎え、課長の仕事を後輩に引き継いで、製造部の品質課に移りました。製品を万全の状態でお客様に届けるための部署です。長く開発にいた私には勝手の違う仕事で、最初は「決められたとおりにやればいい仕事だろう」と思っていたんです。ところが、やってみると毎日のように何かが起こります。部品がひとつ余っていれば、どこかに付け忘れがあるということ。製造番号を追いかけて、トラックに載る前に食い止めます。今は当社が出荷するすべての製品が相手。開発での経験と知識を生かして、ミスが起こりやすい工程を見つけ、防ぐ方法も考えます。Niploが国内トップのブランドとして選ばれ続けているのは、品質の高さがあるからです。それを守る仕事の重みを、毎日かみしめています。50代の後半で始めた慣れない仕事ですが、これが本当に面白いんです。また、若い人たちがどんどん仕事を覚えていくのを見るのも、楽しみのひとつです。60歳で定年を迎えたあとも、なんだかんだで毎日新鮮な気持ちで働けているのが、うれしいですね。これからもこの土地で暮らし、日本百名山のまだ登っていない山を訪ねるつもりです。






