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会社情報COMPANY

会社概要

  • 基本姿勢 土の生態系を活性化する。
    これが、松山の基本姿勢です。

    作物を育むのは、土です。松山は、「土を活かす機械づくり」をコンセプトに、農業機械のパイオニアメーカーとして、たゆまぬ努力を続けております。どうすれば、もっと土を活かす農機がつくれるのかを考えてきました。そして、これからも考え続けます。もちろん、機械だけで土づくりはできません。有機質の供給や微生物の活性化を助長することができてはじめて、機械が土づくりに役立つといえるのです。私たちは土づくりこそが安全な食料のベースになると確信し、よりいっそうの努力をしてまいります。

    企業精神 私たちがつくるのは、
    ⼈の役に⽴つ、
    ひとのための機能です。

    農業機械メーカーとして社会とどうかかわっていくか、お客様と製品をつうじて、いかにきめ細かいコミュニケーションを保つか。当社の始祖である松⼭原造から 受け継ぐ「お客様の⾝になって、お客様が安全に使え、⻑持ちし、かつ、操作がラクな機械をつくる」という企業精神は、創業から110余年を経た現在にも脈々と流れつづけています。
    松⼭が売るのは機械ではなく、あくまでお客様を助け、ラクにするための機能なのです。⼈のために、⼈の役に⽴つ「使い易さ」を無限に追求しながら、これからも果敢に挑戦してまいります。

  • 概要PROFILE

    名称
    松山株式会社
    自社ブランド
    NIPLO(ニプロ)
    本社
    長野県上田市塩川5155
    代表者
    取締役社長 松山 信久
    創業
    明治35年6月1日
    会社設立
    昭和25年6月28日
    資本金
    1億円
    従業員
    320名(2021年9月現在)
    業種
    農業用作業機、食品包装機械等、製造販売
    主要製品
    • トラクタ用作業機(ロータリー、ウィングハロー、ドライブハロー、あぜぬり機 等)
    • 自走式野菜収穫機「ポテカルゴ」
    • 野菜包装機「オートパック」
    関連会社
    • 北海道ニプロ/(北海道向け製品の開発製造)
    • 協同サービス/(保険・運輸・他)
    • 松山技研/(熱処理・カチオン電着塗装)

    沿革HISTORY

    明治33年(1900)
    松山原造双用犁を完成。
    明治34年(1901)
    単ざん双用犁が特許登録され、本邦における双用犁の元祖となる。
    明治35年(1902)
    長野県小県郡和村(現東御市)に「専売特許単ざん双用犂製作所」を創立し、犁の製造販売を開始、後年「単ざん双用犁」は松山犂と呼称されたので「松山犂製作所」と改称した。松山原造が初代社長に就任した。
    大正 5年(1916)
    単ざん双用犁は農機具業界における重要な発明品として、特許権存続期間5カ年延長が許可。
    大正11年(1922)
    上田市塩川に工場を移転した。
    昭和22年(1947)
    松山犂労働組合が結成。
    昭和25年(1950)
    「株式会社松山犂製作所」を設立。(資本金250万円)
    松山篤が、2代目社長に就任した。
    昭和27年(1952)
    増資し、資本金400万円となる。
    昭和29年(1954)
    歩行用トラクタ犁、本邦初の製造に成功し販売を開始。
    昭和32年(1957)
    増資し、資本金600万円となる。
    昭和34年(1959)
    中小企業合理化モデル工場に指定された。
    増資し、資本金900万円となる。
    昭和35年(1960)
    北海道駐在所を開設。(札幌市、昭和37年営業所に昇格)
    昭和36年(1961)
    乗用トラクタ用犂生産開始。
    増資し、資本金1,800万円となる。
    東京事務所を開設。(台東区)
    社是を制定。
    昭和37年(1962)
    「NIPLO」を商標として公告、使用開始。
    増資し、資本金3,000万円となる。
    岡山営業所を開設。(岡山市)
    施肥播種機、水田用ハロー等を開発した。
    上田市大屋旧本社増改築。
    「松山スキ工業協同組合」を設立。
    昭和38年(1963)
    耕耘・砕土同時作業機プラウローターを開発した。
    創始者松山原造が死去。
    昭和39年(1964)
    北海道営業所が閉鎖、岡山営業所を移転。(岡山市)
    昭和40年(1965)
    乗用トラクタ用ロータリー、コンニャク掘取機を開発した。
    昭和41年(1966)
    北海道連絡所を再開設。(岩見沢市、昭和43年営業所に昇格)
    中耕ロータリーを開発した。
    昭和43年(1968)
    「松山株式会社」に社名変更。
    九州営業所を開設。(熊本市)
    昭和44年(1969)
    増資し、資本金5,000万円となる。 北海道営業所を新築移転(岩見沢市)、東京事務所を移転。(台東区、昭和46年廃止)
    輸出貢献企業の認定を受ける。
    昭和45年(1970)
    乗用トラクタ用ドライブハローを開発した。
    昭和46年(1971)
    東北駐在所を開設。(岩沼市、昭和47年大河原町に移転)
    昭和47年(1972)
    長芋掘取機、ツル刈取機、茎葉処理機を開発した。
    昭和48年(1973)
    東北駐在所を営業所に昇格、北海道美幌駐在所を開設。
    ロータリーカルチ、ライムソワーを開発した。
    昭和49年(1974)
    松山徹が、3代目社長に就任した。
    九州営業所を新築移転。(熊本市)
    「北海道ニプロ株式会社」を設立。
    本社にコンピュータ―導入。
    ロータリー・ドライブハローシーダー、深耕ロータリーを開発した。
    昭和50年(1975)
    長野営業所開設、関東駐在所開設(大平町、後日栃木市と合併し栃木市大平町、昭和51年出張所に昇格)
    フレールモア、タマネギ収穫機をクボタと共同開発した。
    昭和51年(1976)
    増資し、資本金8,000万円となる。
    東京中小企業投資育成(株)より投資をうけ、資本金1億円に増資。
    東北営業所を移転。(古川市)
    昭和52年(1977)
    「協同サービス株式会社」を設立。
    社歌をレコーディング。
    昭和53年(1978)
    北海道美幌駐在所を廃止、北見駐在所を開設。
    昭和54年(1979)
    コンピューターオンライン業務を開始した。
    昭和55年(1980)
    関東出張所を営業所に昇格。
    昭和56年(1981)
    アッパーローター、全面マルチを開発した。
    昭和57年(1982)
    「松山技研株式会社」を設立。
    創業80周年記念事業挙行。
    昭和58年(1983)
    北海道営業所を新築移転。(空知郡栗沢町、後日岩見沢市と合併、岩見沢市栗沢)
    バーチカルハロー、振動式2畔掘取機を開発
    昭和59年(1984)
    溝堀機、サブソイラー、ディスクロータリーを開発した。
    昭和60年(1985)
    「松山記念館」が開館。
    旭川出張所を開設。(旭川市)
    昭和61年(1986)
    岡山営業所を新築移転。(津山市)
    昭和62年(1987)
    旧丸子町中尾工業団地内の新工場土地を取得。(現本社工場地)
    昭和63年(1988)
    新事業場建設の資金調達の一部として私募債を発行。
    CADシステムを導入。
    4セットカプラ、リタンデッチャー、オニオンハーベスタを開発した。
    平成元年(1989)
    新事業場(中尾工場)第一期分完成操業を開始。
    物流センターを開設。
    南九州駐在所を出張所に昇格。
    ウィングハローを開発した。
    平成 2年(1990)
    健康保険「長野県機械金属健康保険組合」に編入。
    平成 3年(1991)
    野菜包装機(オートパック)を開発した。
    平成 4年(1992)
    新事業場2期工事竣工、本社工場移転。
    「財団法人松山記念館」が設立。
    海岸清掃機(ビーチクリーナー)を開発した。
    平成 5年(1993)
    北見駐在所を廃止し、旭川出張所を移転。(旭川市、平成8年に再移転)
    ミニハーベスター(ポテカルゴ)を開発した。
    平成 6年(1994)
    本社内に試作工場棟竣工。
    平成 7年(1995)
    あぜぬり機を開発した。
    南九州出張所を移転。(都城市) ニプロフレンズクラブを発足。
    平成 8年(1996)
    帯広出張所を芽室町に開設。
    平成10年(1998)
    工業所有権制度活用優良企業として特許庁長官表彰を受賞。
    平成11年(1999)
    関東営業所を大平町みずほ企業団地に新築移転。
    ニプロフレンズクラブ機関紙「ニプロウェーブ」を創刊。
    平成12年(2000)
    新社員寮が完成した。
    平成13年(2001)
    九州営業所を宇土市に移転。
    新型ウィングハローを開発した。
    平成14年(2002)
    松山信久が4代目社長に就任した。
    創業100周年記念行事挙行。
    東北営業所が新築移転。(古川市、現大崎市古川)
    平成17年(2005)
    エコアクション21認証を取得。(以後順次更新)
    平成18年(2006)
    オオムラサキ観察会・ニプロ林間学校を始める。
    平成20年(2008)
    上田市塩川に物流センター、長野営業所を新築。
    平成21年(2009)
    「韓国ニプロ株式会社」を韓国に設立。
    ホームページを作成した。
    平成23年(2011)
    東日本大震災で東北営業所が被災。
    平成25年(2013)
    本社工場に太陽光発電設備(100kW)を設置。
    「韓国ニプロ株式会社」を解散。
    平成27年(2015)
    「松山スキ工業協同組合」を解散。
    平成28年(2016)
    次世代育成認定マーク「くるみん」を取得。
    熊本地震で九州営業所が被災。
    平成29年(2017)
    九州営業所にて事務所を新築した。
    生産管理システムMCFrameを導入。
    平成30年(2018)
    経済産業省より「地域未来牽引企業」に認定される。
    令和 3年(2021)
    「長野県SDGs推進企業」として登録される。